大晦日に、今年一年を振り返っておこう。
1月 札幌の実家で年越しをしたが、母は入院中で不在であった。12月に大手術を終えた母の回復は順調、インフルエンザに感染したのもご愛敬で済んだ。
私の会社人生も残すところ三ヶ月に至り、中旬には再び札幌に出張して打ち合わせやら見舞いやら。実家に併設する我が家の工事も終盤に差し掛かっていた。
2月 初めての年金を頂戴した。確定申告を済ませた。
コロナの脅威が顕在化し始め、我が社も不要不急の外出は自粛。北海道では緊急事態宣言が発出された。月末に母がリハビリ専門病院に転院した。
3月 我が会社人生の最後の一ヶ月だったが、挨拶回りも送別会も花見も全て自粛となり寂しい思いをした。引継ぎも済ませ、すべきこともない。27日には事務所の机を整理して、豆大福を仲間に配り、事務所を後にした。もうここに来ることもないでしょう。
4日 さあ引っ越し準備とて、不要な持ち物を捨てまくり、15日に引っ越し荷物を出す。16日に社宅を明け渡して、最終便に向かった成田空港はキャンセル便が相次ぐ厳戒態勢下にあった。深夜に実家に辿り着き、翌日から引っ越し荷物を受け取り、21日にはポルテ号を取りに再び成田から千葉。今度はポルテ号で仙台からフェリーで北海道入りした。
我が家も外構工事を残して完成し、月末には母を退院させて実家に受け入れる事ができたのだった。
5月 新居での新しい生活が始まった。
自動車の保管場所証明の手続き、所属していた会社から離職票が届きハローワークで高年齢求職者交付金の手続き、政府の定額給付金の手続きなどに追われた。
下旬に、念願の畑仕事を開始した。
6月 新居が外構工事を終えて、ようやく完成した。
畑では明日葉についたキアゲハ幼虫が楽しませてくれた。
我が部屋に巨人用のベッドと机が届いて、我が城も完成を見た。安物のアンプを買って、実に何年かぶりにターンテーブルを回してみた。
7月 外出はできず、しかし畑仕事が楽しい。少々欲張って苗を植えてしまい、日々の収穫物に追われる羽目になった。
8月 札幌の不動産事情が好調の様子、近所では新築や改築が目立つし、しばらくは売れぬだろうとタカをくくっていたカミサンの実家の土地が、すぐに買い手が付いてしまった。となればと、貰い受けるつもりの家具やらの移動を急がねばとて、力持ちの甥っ子を頼んだ。実に重たい仏壇とサイドボードとソファであった。盆の休みに上の息子が来てくれた。
9月 母が90歳の誕生日を迎えた、まさにその日に、義兄が自宅にいて熱中症であろう意識朦朧で救急車で運ばれた。コロナで見舞いはままならぬ。
外出制限に嫌気して、公共交通機関を頼らずにポルテ号で稚内まで二泊三日の小旅行を敢行した。月末に退院した義兄は、今度は買い物で転んで骨折との報に驚かされた。
10月 芽キャベツに大量発生したオオモンシロチョウの幼虫を楽しんだ。先月に続いて、今度は釧路湿原を目指して三泊四日の旅に出た。月末には日帰りながら支笏洞爺をぐるりと回ってきた。盆に来れなかった下の息子が、中旬に来てくれた。
11月 雪が降り始めて、畑はお終いにした。
札幌を中心にコロナ感染者が増えて、政府はGotoから札幌を除外した。ますます引き籠るしかなくなり、ネットでのお取り寄せが増えた。
月末には義兄が退院したが、要介護の身の上となってしまった。
12月 ひたすら引き籠り、オーディオでFMラジオを聴く方法を探した。チューナーが絶滅していたのには驚かされた。母が補聴器を導入、とりあえず具合は良好らしい。年末に上の息子が仙台から来てくれたが、東京都民の下の息子は移動を自粛、止むを得ない。母を入れて四人の、静かな年末年始となった。
総じて地球規模のパンデミックに大きく影響を受けた一年だったが、個人的には新居を建て、退職と引っ越しと母の退院を予定通りにこなせたことを喜びたい。
皆様、良い年をお迎えください。
